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花街

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花街の年中行事

睦月から師走までの毎月、
季節の催しが行われている京都の五花街。
春夏秋冬、さまざまな行事が花街はもちろん、
京都の一年を彩ります。

1月 睦月

【始業式】

五花街の仕事始めに当たる「始業式」。それぞれの花街では、黒紋付き姿に稲穂のかんざしで正月らしさを醸した芸妓舞妓が日ごろお世話になっている方々を訪ね、その年の精進を誓います。祇園甲部、宮川町、先斗町、祇園東では7日に、上七軒では9日に新しい一年がスタート。各歌舞練場で催される式では、前年に優秀な成績を収めた芸妓舞妓の表彰が行われた後、華やかな舞で新年を祝います。

始業式

2月 如月

【節分・お化け】

節分の日、祇園甲部、宮川町、先斗町、祇園東は八坂神社で、上七軒は北野天満宮で舞の奉納や豆まきを行い、鬼を払います。日が暮れると、各花街を「お化け」が闊歩。これはかつて節分の夜に、老婆が少女の髪型を真似たり、少女が島田に髪を結ったりして鬼をやり過ごした「お化髪」の風習を受け継ぐもの。芸妓舞妓が趣向を凝らした扮装でお茶屋を回り、新年の平穏を祈ります。

節分・お化け

【梅花祭】

学問の神様として知られる北野天満宮では、祭神の菅原道真公が梅をこよなく愛したことにちなみ、その命日である2月25日に「梅花祭」が開かれます。上七軒は、室町時代の天満宮改築時に余った木材で建てられたお茶屋が始まりとされる、天満宮ゆかりの花街。祭では、芸妓舞妓が参拝者にお茶を振る舞う「梅花祭野点大茶会」が催され、見ごろを迎えた梅にさらなる彩りを添えます。

梅花祭

3月 弥生

【北野をどり】

春のをどりの先陣飾る、上七軒の「北野をどり」。その始まりは昭和27年、北野天満宮で50年に一度行われる大萬燈祭に奉納された、花柳流の舞。3月25日に幕が開く公演の会場は、明治35年、北野天満宮1000年祭の際に建てられた上七軒歌舞練場。フィナーレの『上七軒夜曲』では、島田髷・黒裾引きにそろえた芸妓と艶やかな衣裳の舞妓がそろい踏みし、舞台を盛大に締めくくります。

北野をどり

4月 卯月

【都をどり】

「都をどりはヨーイヤサァー」の掛け声で幕を開ける、祇園甲部の舞踊公演。京都の春の風物詩として名高い「都をどり」は、明治5年、京都博覧会を訪れた客をもてなすために始まりました。それから150年近く経った今も、祇園甲部では京舞井上流の伝統を継承。公演は4月1日から約1カ月行われ、明治6年に建てられた会場の祇園甲部歌舞練場は登録有形文化財に指定されています。

都をどり

【京おどり】

昭和25年に始まった、宮川町の「京おどり」。若柳流家元が振り付ける舞は年ごとに趣向が凝らされ、中でも締めくくりの『宮川音頭』では芸妓舞妓が総出演し、一糸乱れることなく群れ舞う姿は圧巻です。また、公演名に新字体の「お」を使っているのも「京おどり」ならでは。公演は4月1日から半月近く続き、鴨川のほとりの宮川町歌舞練場で華やかな舞台が繰り広げられます。

京おどり

【平安神宮例大祭奉納舞踊】

春爛漫の4月15日に挙行される、平安神宮の例大祭。これは天応元(781)年のその日、ご祭神の桓武天皇が即位され、平城京の大極殿で百官の拝賀を受けられたことにちなむ、同神宮で最も重要な祭儀です。舞が奉納されるのは、その翌日に執り行われる神賑行事。祇園甲部、宮川町、先斗町、祇園東の芸妓舞妓が大極殿前に設けられた特設舞台にて、華麗な舞を披露します。

平安神宮例大祭奉納舞踊

5月 皐月

【鴨川をどり】

新緑の古都を彩る「鴨川をどり」は先斗町の舞踊公演で、初演は明治5年。戦前には喜劇王のチャーリー・チャップリン、フランスの芸術家、ジャン・コクトーなど多くの著名人が観劇しました。昭和26年から平成10年までは秋にも行われ、開催回数は五花街中で最多。先斗町歌舞練場での公演は、尾上流の振り付けによる舞踏劇と純舞踊の二部からなり、5月1日に幕が開きます。

鴨川をどり

【観亀神社宵宮祭】

江戸時代の祇園東界隈には、かつて御所の火の番役を担った近江国膳所藩の京屋敷がありました。その屋敷跡には観亀稲荷神社が鎮座。地元の人々から信仰を集める古社は「かんきさん」の愛称を持ち、火伏せの神として知られています。祭は毎年5月14日に行われ、その宵宮には祇園東の芸妓舞妓が勢ぞろい。めいめいが名入り提灯を手に、夜のとばりが下りた路地を練り歩きます。

観亀神社宵宮祭

6月 水無月

京都五花街合同公演 都の賑い】

平安建都1200年を祝し、平成6年にお目見えした「都の賑い」。祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東の芸妓舞妓が一堂に会する唯一の舞踊公演は毎年満員御礼の大盛況を見せ、今や京都の夏の風物詩となっています。公演の一番の呼び物は、フィナーレの『舞妓の賑い』。各花街から4名、合わせて20名の舞妓が『祇園小唄』や『京を慕いて』などを舞台狭しと舞い踊ります。

京都五花街合同公演 都の賑い

7月 文月

【祇園祭】

八坂神社の祭礼で、東京の神田祭、大阪の天神祭と並んで日本三大祭のひとつに数えられる「祇園祭」。その起源は平安初期の貞観11(869)年に、疫病の退散を祈願して行われた祇園御霊会とされています。祭は7月1日からひと月にわたって続き、24日の花傘巡行には祇園甲部と宮川町、先斗町と祇園東の芸妓舞妓が隔年交替で参加。祭に華を添えた後は、八坂神社で奉納舞を披露します。

祇園祭

8月 葉月

【八朔】

旧暦8月1日の「八朔」は、かつてこの日に稲穂の神に豊作を祈ったことから「田の実の節」とも呼ばれていました。「田の実」は「頼み」に通じるため、八朔にはお世話になっている人に挨拶回りをする習慣がありました。五花街では今も、この習わしを継承。8月1日に黒の絽の正装で、舞妓は奴島田、芸妓は島田に髪を結い上げ、師匠やお茶屋を回って「おめでとうさんどす」と挨拶を交わします。

八朔

9月 長月

【お稽古】

9月の声を聞くと五花街の芸妓舞妓は、ひときわ厳しい稽古に励みます。それは、10月に祇園甲部で「温習会」、宮川町で「みずゑ會」、先斗町で「水明会」、上七軒で「寿会」、そして11月に祇園東で「祇園をどり」が開かれるため。最高の舞台を披露すべく、芸妓舞妓は日ごろ磨いてきた舞、長唄、鼓、笛、三味線などの伎芸の、さらなる向上を目指して稽古に打ち込みます。

お稽古

10月 神無月

【時代祭】

明治28年、平安神宮の創建と平安遷都1100年記念祭の奉祝行事として始められた「時代祭」。桓武天皇が平安京に奠都した日とされる10月22日、京都御苑から平安神宮まで約2キロの道のりを、明治維新時代から延暦時代までの衣裳をまとった約2000人が練り歩きます。五花街では交替でこの行列に参加し、清少納言や紫式部、巴御前、小野小町などに扮して祭を盛り上げます。

時代祭

11月 霜月

【祇園をどり】

秋たけなわの古都を彩る「祇園をどり」は昭和27年から続く、祇園東の舞踊公演。11月1日から祇園石段下の祇園会館で披露される舞台は、藤間流の藤間紋寿郎師匠による華やかな演出が見もの。フィナーレには芸妓舞妓が総出演し、「花の円山 石だたみ 桜吹雪に 舞衣 姿やさしき だらりの帯よ 祇園東に 祇園東に灯がともる・・・」と唄う、『祇園東小唄』で舞台の幕を閉じます。

祇園をどり

【祇園小唄祭】

昭和初期の歌舞曲であり、舞妓が最初に習う『祇園小唄』。平成15年から毎年、おおきに財団と京都花街組合連合会が円山公園で開催している「祇園小唄祭」は、数多の舞妓を育てた唄の顕彰行事。「祇園恋しや だらりの帯よ」という歌詞そのままの舞妓が歌碑に花を供え、この唄が五花街に果たしてきた功績に感謝をささげます。集まった人々には祇園小唄の栞を配り、唄の心を分かちあいます。

祇園小唄祭

12月 師走

【事始め】

12月13日から本格的な迎春準備に入る、京都ならではのしきたりにならい、五花街でもこの日を一年の区切りとして正月の支度を開始。芸妓舞妓は師匠やお茶屋などを回って一年の感謝を伝えるとともに、「今年もよろしゅうおたの申しします」と芸事の精進を誓います。家元宅の稽古場には「玉椿」の掛軸や芸妓舞妓から贈られた鏡餅が飾られ、ひと足早くめでたい雰囲気に包まれます。

事始め

【献茶祭】

天正15(1587)年、豊臣秀吉公が北野天満宮で開いた北野大茶会。千利休や今井宗久といった茶人のみならず、広く庶民にも参加を呼び掛けたこの大茶会にちなみ、毎年12月1日に北野天満宮本殿で神事の「献茶祭」が行われます。この日は上七軒歌舞練場にも副席がお目見え。芸妓がお点前を披露し、舞妓がお茶を運び、いにしえの茶会の趣を味わいに訪れた客人をもてなします。

献茶祭

【顔見世総見】

京都の師走の風物詩として、歌舞伎ファンならずとも注目の南座吉例顔見世興行。役者の名前を歌舞伎独特の勘亭流で書いたまねき看板とともに、師走気分をさらに盛り上げるのが「顔見世総見」です。これは各花街の芸妓舞妓、お茶屋関係者が芸事の勉強を兼ねて舞台を鑑賞するもの。座敷席に色とりどりの衣裳をまとった芸妓舞妓がずらりと並ぶ姿は、まさに壮観です。

顔見世総見
©公益財団法人京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)